
旅するしろこさん

「旅をするのは、人だけにあらず」
ここにあるのは一枚のブラウス。
仮に「しろこさん」と名付けてみましょう。
(「緑丸」とか「黒次郎」とか、たまに心の中で服に名前をつけるのが趣味なんです。)
しろこさんの柔らかい生地に施されているのは、きれいな草花の手刺繍。
眺めているだけで、うっとりしてしまいます。 よっ!刺繍美人!

タグには「MADE IN INDIA」の文字。
この見慣れた言葉の奥に、何か思い浮かべるものはありますか。
一枚の手刺繍ブラウス「しろこさん」。
そこには人の手から手へと渡りながら辿った、長い旅があります。
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ここは、乾季には日中45度を超す猛暑の地。
日本から飛行機、車を乗り継いて着いたのは、インド中北部にあるラクノーという地方。
そこでは、生産者グループ「カラティマク」の人々が活動しています。
この地域で400年受け継がれてきた伝統刺繍「チカン刺繍」を通して、
女性たちとその家族の自立支援、そして伝統文化の発展を目指しているフェアトレードNGO団体です。

ペルシアの言葉で「美しい業」を意味するチカン刺繍。
チカン刺繍に本来使われるのは、真っ白な薄い生地の布に、真っ白な糸。
こうして刺繍を施した布は、「愛」のシンボルとなっており、愛情を表現するギフトとして使用されてきました。
そんな伝統的な白はもちろんのこと、私たちがもっと日常的にチカン刺繍を楽しめるよう
sisamのデザインを融合させながら、開発を進めています。
生地やデザイン選びから始まり、少しずつ、少しずつ、しろこさんは形になっていきます。

そしてここから、小さな工房にて、ミシンで縫製をしていきます。
停電が起こるときも多いので、その際は足踏みでカタカタと地道に進めていくそうです。

お腹にたっぷりついた青い模様がなんともチャーミングな、ユヌスさん。
ここでは手刺繍の下絵となるブロックプリントを押していきます。
こんな繊細な模様を彫っていくのも、時間と技術を要する作業ですね。
壁一面にブロックが並ぶ、1,2畳くらいの狭さの部屋で、ひたすらブロックを押し続けます。
ユヌスさんは、なんとその道15年の大ベテランです。

さぁいよいよここから、手刺繍が施されていきます。

縫い手である女性たちは、家事や育児をしながら、自分たちの暮らす村で製作しているんです。
一枚のしろこさんに施された刺繍を仕上げるために、5日程かかるそう。
まるで絵を描いていくように、一針一針、丁寧に。
多くの技法を駆使しながら、美しい草花などを表現していきます。

リーダーのサムソニシャさんは、小さい頃から刺繍をしていてこの仕事がとても好きだそう。
「自分たちの仕事は、最後まで自分たちでしっかりやり遂げたい」
仕事に対する彼女の姿勢には、sisamのスタッフもいつも襟をただされる気持ちになります。
以前はローカルマーケットで不安定な仕事をしていましたが、今はこの仕事で住環境もずいぶん良くなりました。
彼女に「これからの夢」を尋ねたところ、話し始めたのは娘たちのこと。
—
娘たちにはこの仕事をしてもらってもいいし、他にしたいことが見つかれば他の仕事でも良い。
大切なのは教育を受けて、選択肢があるということ。
私たちの世代は小学校すら行っていなくて苦労しました。主婦になるしか選択肢がなかった。
今の子供たちにはチャンスがあるんです。
—
そんな話を聞きながら、うんうんとうなずく周りの女性たちも、皆同じ思いを持たれているのかもしれません。

場所はかわって、近くの洗濯屋さんへ。
刺繍が出来上がると、インクや汚れをきれいに落とすため、洗濯をしていきます。
べちっ!べちっ!と洗濯板に叩きつける伝統的な方法。
なんと豪快!
かなり体力を要する作業ですね。

17歳のビシャルは、洗濯業をおこなう一家の長男。
学校が休みなので、お父さんに連れられて将来洗濯業を継ぐための勉強をしに来ていました。
「お客さんが求めているものが何なのか」
「エコな世の中にしていくために、自分たちの仕事でできることは何なのか」
「洗濯」という大切な工程を、より良いものにしてくために、
彼らもまた、誇りをもって日々仕事をしています。

服の仕上げは、ボタンやラベル付け、そしてアイロンと、各工程をそれぞれの担当が仕上げていきます。

一つ一つの工程のなかで、たくさんの人々の思いを乗せながら
いよいよ、しろこさんは海を越えるのです。

さぁここからはバトンタッチ。
私たちsisamスタッフが、届いたしろこさんたちの検品をおこないます。
実はスタッフ総出のバケツリレーで、届いた荷物を保管場所まで運んでいるんです。
「次の箱は重いで~!!!」 「ラスト10箱~!!」
かけ声が飛び交いながら、皆さんにお届けをする準備をスタッフ全員でおこなう恒例の行事。
そして遂に、しろこさんが誰かの手もとに、旅立っていくのです。
さようなら! どうかお元気で!!!

それぞれの場所で生きる人たちの思いを共にして、
今度は私たちの日々とともに、「しろこさん」の旅は続いていきます。
今、私やあなたが身に着けている服。
たまには彼らの旅を思い浮かべてみるのも良いかもしれません。

誰かがかたかたミシンを踏む音。
一針一針、糸をとおすときの誰かの優しい眼差し。
洗いにかけられた服たちが一斉に風になびく光景。
そんな隣人たちの世界が、私たちの暮らしと混ざり合ったとき、
目にうつる日々の風景が、少し豊かになるのではないでしょうか。
FAIR TRADE LIFE STORE by sisam FAIR TRADE
タニ
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